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名古屋高等裁判所 昭和61年(う)337号 判決

本店所在地

名古屋市守山区大字瀬古字柴荷四二番地

キリン乳業株式会社

右代表者代表取締役 石井照治

右の被告人会社に対する法人税法違反被告事件について、昭和六一年九月一二日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官平田定男出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人桜川玄陽名義の控訴趣意書および控訴趣意補充書(なお、弁護人の当審第一回公判期日における釈明参照)に、これに対する答弁は、検察官平田定男名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用するが、本件控訴の趣意の要旨は、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、証拠に現れた本件犯行の動機、態様、罪質等、とくに、本件は、乳製品、冷凍製品の製造・販売等を営業目的とする被告人会社(資本金二四〇〇万円、従業員数約五〇〇人)が、昭和五八年末ころより被告人会社の簿外資金を用いて、岡三証券名古屋支店を介し山田勝臣等の仮名口座や林末三等の借名口座で株式取引を始め、右取引で得た売買利益を簿外処理して、被告人会社の所得の一部を秘匿したうえ、昭和五九年二月一日から昭和六〇年一月三一日までの事業年度における被告人会社の所得金額が五億九六〇〇万円余にのぼるのに、同年四月一日、名古屋北税務署長に対し、その所得金額は一億八二〇〇万円余にとどまる旨の虚偽・過少の法人税確定申告書を提出して、一億七九三九万円七九〇〇円の法人税を免れたという法人税法違反罪の案件であって、その脱税額が一事業年度において約一億七九〇〇万円余にものぼる巨額なものであり、その脱税率をみても七〇パーセントを超える極めて高率なものであること等を総合考察すると、その犯情は甚だ芳しくなく、被告人会社を罰金五〇〇〇万円に処した原判決の量刑は、まことにやむを得ないところであって、相当として是認するほかなく、所論のうち、被告人会社が昭和六一年二月に法人税修正申告書を提出し、本税および各種追徴金として既に三億六四〇〇万円余を納付していること等、肯認し得る被告人会社のために酌むべき情状を十分に斟酌しても、原判決の右量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、本件控訴は、その理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田誠吾 裁判官 鈴木雄八郎 裁判官 川原誠)

○控訴趣意書

被告人 キリン乳業株式会社

右の者に対する法人税法違反事件についての控訴の趣意は左記の通りである。

昭和六一年一一月二五日

右弁護人 弁護士 桜川玄陽

名古屋高等裁判所刑事第二部 御中

原判決は右被告人に対して検察官の求刑通り、罰金五〇〇〇万円の判決を言渡したが、これは量刑が不当である。

その理由は左の通りである。

一、原判決は、被告会社の代表取締役である石井照治が法人税を免れようと企て、被告会社の昭和五九年二月一日から同六〇年一月三一日までの事業年度(昭和五九年度)の実際の所得金額が五億九六七三万余円であり、これに対する法人税額が二億四六〇一万余円であるのに、所得金額は一億八二四万余円であり、これに対する法人税が六六六一万余円である旨虚偽過少の法人税確定申告書を提出したと判示しているが、同申告書が税務署長に提出された昭和六〇年四月一日当時、石井照治は計算力障害の後遺障害があり(弁第一号証)、右事業年度における被告会社の所得金額が何程かは知り得ない知能状態であった。

従って、石井照治は右申告書提出のかなり以前には法人税を免れる意図があったにしても、右申告書提出当時は、石井照治には右事業年度の法人税を免れるとの認識(故意)があったとは認め難いのである。

即ち、同人は、他の会社役員や従業員に内密に行なっていた株式売買による利益がある程度あることを知っていたが、これを除外することにより被告会社の昭和五九年度の所得金額が何程になり、従って法人税額が何程になるかは全く知り得なかったのである。

二、ところで、石井照治の株式売買は他の会社役員や従業員に内密に行なわれていたため、会社経営を実際に担当していた取締役石井睦教や経理担当課長河合潔は、右申告所得額一億八二四二万余円とこれに対する右申告法人税額六六六一万余円が過少申告であることを知らず、逆に所得金額が約一億二五〇〇万円過大であるとの認識の下に右所得金額を申告したのである(石井睦教の検面調書1検甲第二〇号証の第三項)。

即ち、昭和五九年度の法人税申告を実際に行なった右取締役や会計担当者には法人税を免れるとの認識は全くなかった。

三、ところが、石井照治が架空名義等により株式売買を行なっていることが国税局に知れ、その調査計算の結果、右株式売買による利益が約五億五〇〇万円あることが判明したが、これは石井照治その他の被告会社役員らが国税局の調査に協力した結果判明したことであり、前記法人税確定申告の後において始めて石井照治その他の被告会社役員が知ったことである。

即ち、昭和五九年度の実際の所得税額が五億九六七三万余円であり、これに対する法人税額が二億四六〇一万余円であって、前記確定申告は、法人税額が一億七九三九万余円も多額の過少申告であることを石井照治その他の被告会社役員が知ったのは、同確定申告の後である。

従って、前記確定申告は、結果的には右の如き多額の虚偽過少の申告であったということになるが、申告当時においては、それがこれほどの虚偽過少の申告であることは、被告会社の誰も知らなかったことであり、この点において本件は、通常の税ほ脱事案とは事情を異にするものである。

四、被告会社は、右のようにして前記確定申告が過少申告であることを知った後、直ちに修正申告をなし、これに伴う各種追徴金を全額(昭和五九年度分は三億六四七一万余円)納付した。未納付額は推定約三六〇万円であるが、これは納付書が未到着のためであって、被告会社の怠慢によるものではない。

五、以上の通り、被告会社の代表取締役である石井照治は、前記確定申告以前には法人税を免れる意図を有していたことが認められるが、一方同人とても同確定申告の当時は被告会社の実際の所得額を知ることができなかったし、また他の会社役員もこれを知ることができなかったため、原判決認定の如き多額の法人税をほ脱する結果となったのであり、被告会社が意図的にこのような多額の法人税をほ脱したものではないことが認められるところ、石井照治は既に懲役一年六月の処罰を受けてこれに服従しており、被告会社は納付書未到着分を除いて各種追徴金を全額納付しているのであるから、他の税ほ脱事案に比較すれば、本件は情状酌量すべき点が大であり、求刑通りの罰金刑は量刑が不当であると思料する。

以上

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